ペイシェント・セントリシティとAI〜今後の展望と課題
人工知能(AI)が急速に進化しているいま、世界中で、従来の慣行を根本から変えるような、これまでに前例のない変革がもたらされています。そこで、ある疑問が立ち広がっています。この変革にはどのような代償が伴うでしょうか。AIがペイシェント・セントリシティ(患者さんの視点を取り入れた医療・ケア)にインパクトを与えることは間違いありませんが、医療の専門家たちはAIの進化をどのように捉え、AIをどのように活用しようとしているのでしょうか。
アステラスのペイシェント・セントリシティ部門長であり、経験豊富な臨床医でもあるAnthony Yanni(以下、アンソニー)と、同部門ペイシェント・インサイト・ソリューションズ(以下、PinS)のフェローであり、PharmD*を取得しているSara Magazin(以下、サラ)が、AIへの展望と課題を語ります。
ペイシェント・セントリシティにおいて、AIに最も期待することは何でしょうか?
“AIの活用により、異なる年齢層や亜集団データに多面的な視点でアプローチできるようになるでしょう。”
アンソニー:私は、AIの活用により、異なるデータ集団を多面的な視点で相互に関連付けながらアプローチできるというプラスのインパクトに期待しています。AIには、膨大なデータソースおよびデータ量を処理できる高いポテンシャルがあります。ヘルスケア企業は、患者さんに妥当な問を投げかけて、適切なプロセスに基づき、情報を効果的に収集・分析することを狙っており、AIを活用することで、そのメリットを享受できます。なぜなら、AIにより、異なる患者集団にアプローチすることができるようになり、単眼的に考察するリスクを最小限に抑えることができるからです。
データの関連付けも重要な要素です。患者さんのロケーション(都心部か地方か)、また面会の手法(リモートか対面か)などに捉われることなく、世界中の全ての患者さんの声を平等に扱うことが大事です。AIにより、異なる年齢層や亜集団への包括的なアプローチができるようになります。例えば糖尿病のように、さまざまな合併症や併発症のある疾患において、特に有効であると考えます。
サラ:同感です。私も、AIがペイシェントジャーニー(診断、予防、治療および予後管理を含む医療シーン)の各段階に与えるインパクト、特に早期発見・早期治療への貢献に期待しています。人間が対応し得る範囲には限界があり、病気の発見が遅れると、患者さんに大きな負担となります。このような領域こそ、AIテクノロジーが効果的に作用する可能性を秘めています。
AIの活用で、患者さんのアウトカムと体験をどのように改善できるでしょうか?
“VRを活用して患者さんの体験を理解することで、医薬品開発チームに新たなモチベーションや発想が生まれ、より良いソリューション開発につながる可能性が高まるでしょう。”
サラ:ペイシェント・セントリシティの活動はあらゆる面においてAIのメリットを享受することができ、ソリューション開発の指針となる初期の患者データを収集するのにも極めて有効です。例えば、仮想空間の探索や、患者さん体験のシミュレーションにより、社員が患者さんの視点を洞察することができます。仮想現実(VR)や遠隔モニタリングなどのテクノロジーは、患者さんの体験を理解する上で重要です。アステラスのPInSチームは既にこのような取り組みを進めており、今後はAIのさらなる進化に伴い、より多くのことが実現できます。
アンソニー:AIはアルゴリズムを使って数多くの分子を解析し、疾患への潜在的な影響を評価するのに応用できますが、私もその真価がペイシェント・セントリシティの活動と組み合わせることで発揮されると信じています。サラが言ったように、VRの活用が、まさにそうです。PInSチームでは、視覚障害を持つ患者さん向けのソリューションを開発しているメンバーにVRゴーグルを装着してもらい、視覚障害を持つ患者さんに、ゴッホの絵や食事が盛り付けられた皿がどのように見えているかを体験してもらいました。
こうした体験は、医薬品開発チームが患者さんの実態を理解するだけでなく、新たなモチベーションや発想を生み出し、より良いソリューションの開発につなげることができます。また、患者さんの行動、課題、障壁などを深く理解することは、開発した治療法をより効果的にお届けするうえでも重要です。
サラ:今後、私もこの分野の発展に貢献したいです。また、AIアプリケーションは社内活用だけではなく、患者さん自身が課題を正しく理解するためのツールにもなり得ます。
アンソニー:その通りです。例えば、小児希少疾患においてもAIが変革をもたらす可能性があります。AIの活用で希少疾患の子どもたちが直面している課題を広く共有することができます。特に子供たちが自分の体験を言葉で表現するのが難しい場合、私たちが、彼らが言葉で表現できない状態を仮想的に体験することで、認識・理解を深めることができるようになります。
ペイシェント・セントリシティ活動でAIを活用する際、どのような懸念や課題があり、どのように対応しますか?
“AIのアルゴリズムを理解し、AIに潜在するバイアスを軽減することが重要です。”
サラ:最も大きな懸念の1つは、健康情報の漏洩です。クレジットカード情報の漏洩であればカードの解約で対応できますが、健康情報は一度流出すると取り返しがつきません。私のようにテクノロジーと共に成長している世代の人たちでさえも、日々の暮らしでAIをどの程度安全に活用できるか懐疑的ですから、多くの患者さんが医療におけるAI活用に懸念を抱くのは当然だと思います。
また、アルゴリズムによる意思決定の透明性を確保することも重要です。私たち自身が正確にAIを理解し、活用方法を明確に説明できるようにし、さらにAIが特定の治療法や治療計画を提案するアルゴリズムも理解しておく必要があります。テクノロジーが意思決定を支援するのは素晴らしいことですが、その根幹となるAIのアルゴリズムを理解し、AIに潜在するバイアスを特定し、これを軽減することが重要なのです。
アンソニー:まさにその通りです。テクノロジーに慣れ親しんだ世代が、同じような懸念を示したことは興味深いです。これに加えて、AIのデータ量が増えても自動的にデータ精度が高まるわけではないことを認識しておくべきです。私たちは、適切に質問を組み立て、データを収集するプロセスを理解し、アルゴリズムを実行するためのフレームワークを確立する必要があります。そして、本来の目的に見合ったデータ解析と公正なデータ検証を行わなければなりません。
サラ:そうですね。そうした分析や検証と同時に、私たちは、AIをペイシェントジャーニーのプロセスに組み込むメリットやリスク、限界をオープンに伝えて、患者さんとの信頼関係を築く必要があります。手術の同意を得るのと同じように、潜在的なリスクを明確にすることが重要です。患者さんはAIに完璧さを求めるかもしれませんが、現実を伝えて、過度の期待を避けなければなりません。
アンソニー:まさにAIのリスクの核心をついていると思います。AIが完璧だと思われてしまうことは大きなリスクですね。このような誤った期待を解消していくために、医療におけるAIの強みと限界をオープンに話し合い、患者さんとの信頼関係を着実に形成していく必要があります。
イノベーションを推進する一方で、慎重に倫理面でも配慮する必要があります。どのようにバランスを取るべきと考えていますか?
“科学への情熱を抱きつつ、常に患者さんを最優先に考えること。そして、AIは、現状の取り組みを置き換えるものではなく、強化するものと捉えるべきです。”
サラ:AIの活用においては、自分たちの能力をわきまえて、身の丈に合った取り組みを進めることが重要です。患者さんと風通しの良い信頼関係を築いたうえで、治療におけるAIの活用方法と、そのメリットやリスクをしっかりと説明します。また、患者さんが自身の治療にAIを取り入れるかを選択し、意思決定できる環境を整える必要もあります。
そして、AIを導入する場合、患者さんへの影響を理解するために、フィードバックの仕組み、モニタリング、モニタリング結果の監査が不可欠となります。また、医療従事者の混乱を避けるために、既存の電子カルテ等へのシームレスな統合も考慮すべきです。AIは、現状の取り組みを置き換えるものではなく、強化するために活用していくべきです。
アンソニー:まったく同感です。「科学への情熱を抱きつつ、常に患者さんを最優先に考えること」が、アステラスの全ての取り組みの共通課題と言えるでしょう。AIへの取り組みも同様です。AIには情熱を抱き、患者さんにより早く、より効率的かつ有効的な方法で解決策を提供できる可能性があるものと考えています。一方で、患者さんの健康を最優先に考えることを忘れずに、慎重にAIと向き合っていきます。
アステラスは、ペイシェント・セントリシティに関する取り組みの概要や、患者団体の代表者の声を特集した「Patient Partnerships Annual Report」(英語のみ)を2023年に発表しました。
* PharmDとは、薬学博士プログラムを修了し、薬剤師として実務を行うために必要な知識とスキルを身につけた者が取得できる職能学位です。
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