安定供給と品質管理
安全で有効な医薬品を確実に製造し、安定的に患者さんに提供することは、製薬メーカーであるアステラスにとって極めて重要です。そのため、医薬品の製造工程における製造管理、品質管理の基準(GMP)、および適正流通の基準(GDP)に合致した独自の基準を設定し、製造施設・設備のほか、原料の調達から保管、製造、さらに配送まで、一貫した高水準の品質管理を徹底しています。
また、安定供給の維持・強化に向けて、さまざまな製造設備に対し継続的な投資を行っています。2020年には、富山技術センターにおいて、治験用および商業用バイオ原薬をグローバル基準に則って製造・供給する施設であるバイオ原薬棟を竣工しました。さらに、臓器移植後の拒絶反応を抑制する免疫抑制剤プログラフ®の原薬製造施設として第3発酵棟の建設も開始しました。また、焼津技術センターにおいては、抗体製剤および、高い技術が要求される今後の新しいモダリティ製剤にも対応できる無菌製剤製造ラインの新設に着手しました。遺伝子治療の領域においては、米国カリフォルニア州サウスサンフランシスコと、ノースカロライナ州 サンフォードにプラント(2022年中にGMP操業開始予定)を設置し、アデノ随伴ウイルス(AAV)原薬、AAV製剤およびプラスミドの製造等のケイパビリティを強化し、遺伝子治療プログラムの研究から商業化まで自社で供給可能な体制の構築を進めています。細胞医療においては、2020年4月に米国マサチューセッツ州ウェストボロに新たな製造拠点を設置し、GMP細胞原薬および細胞製剤製造のケイパビリティを強化しています。これら最新鋭の自社製造施設の建設により、高品質の製品を今後も安定的に供給する、より強固な生産体制の構築を目指しています。
品質監査
アステラスでは、グループ内の事業所と社外の製造・流通事業者の品質保証体制を定期的に監査しています。監査の頻度と深度はリスク分析に基づいて決定しています。グループ内の事業所に対する監査は、現行の医薬品の製造工程における製造管理、品質管理の基準(cGMP)、または適正流通の基準(cGDP)を実践しているすべての組織を対象としています。製品ライフサイクルの全段階、サプライチェーン全体にわたって、方針書や手順書に従い、監査を実施しています。社外事業者への監査では、cGMP、cGDP、アステラスの要件の遵守状況を評価しており、新規・既存を問わず実施しています。2022年3月期は、グローバルで444件(グループ内組織:31、社外事業者:413)の品質監査を実施しました。
安定供給のためのサプライチェーン管理体制
グローバル製品の増加やモダリティの多様化、パートナーシップ・サプライヤーとの連携の増加などにより、サプライチェーンはますます複雑化しています。こうした環境変化を踏まえ、アステラスは、世界各地域の需要予測や在庫情報、供給計画を一元的に管理する体制を構築し、原薬の製造から製品の供給まで、グローバルにサプライチェーンマネジメントを強化しています。
また、グローバル・ロジスティクス・ネットワークを構築し、コールドチェーンを含む製品に対する多様な要求にフレキシブルに対応する機能とケイパビリティを実現するとともに、輸出入を含むロジスティクスのコンプライアンスを推進し、安定供給体制を強化しています。
さらに、商用サプライチェーン機能について、環境変化に合わせてサプライチェーン・プロセスを継続的に進化させる機能を日本、オランダ、米国の3拠点に設置し、グローバル・オペレーションにおける管理体制の強化を推進しています。
安定供給のための共同物流
BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)を継続的に改善し、自然災害の発生時に医療用医薬品の安定供給を維持・継続させることは、製薬会社にとって最も重要な使命の一つです。また、厚生労働省から日本版「医薬品の適正流通(GDP:Good Distribution Practice)ガイドライン」が発出されており、GDPに準拠した保管・輸送時における品質の確保がより厳格に求められています。一方で、国土交通省、経済産業省、農林水産省は、働き方改革やドライバー不足、CO2削減等の物流課題に対応するため、荷主が物流事業者と協力して改善・改革活動を実施し、持続可能な物流体制を構築する「ホワイト物流」を推進しています。
こうした物流を取り巻く環境変化の下、アステラスは武田薬品工業株式会社、武田テバファーマ株式会社、武田テバ薬品株式会社、日医工株式会社とともに、北海道において医療用医薬品を共同で保管・輸送する仕組みを構築しています。この仕組みによって、輸送効率と品質管理レベルの向上を図るとともに、医薬品の供給経路を分散し、大規模自然災害など緊急時においても製品を安定供給できるよう努めています。今後も業界内の医薬品販売物流の共同化・標準化を進めるべく、取り組みを続けています。
また、この北海道での取り組みはコスト面でも効果があり、新たな物流拠点の設立が可能になったほか、CO2排出量の削減による環境負荷の低減効果もあります。こうした点が評価され、平成30年に経済産業省のグリーン物流優良事業者表彰で、経済産業大臣表彰を受賞しています。
2021年より九州にも共同物流センターを追加し、国内4カ所での製品在庫管理および供給管理の体制が整いました。
安定供給のための責任ある製造への取り組み
患者さんが、アステラス製品へ継続的にアクセスするためには、医薬品の安定供給が必要です。安定供給を確保するためには、製造時の事故発生リスクを最小化する必要があります。医薬品の有効成分である原薬には、複数の化学反応によって合成されるものがあります。そのため、合成に用いられる使用原料や化学反応の中には、火災等を引き起こすリスクが多く潜んでいます。
アステラスでは、製造過程のリスク最小化のために、各原薬の製造の研究開発段階において、化学反応の制御不能による異常な反応や、静電気の放電により引き起こされる火災発生など、事故につながるリスク評価を実施しています。
例えば、製造工程に用いる化学物質の分解開始温度や化学反応で生じる熱を確認しています。さらに、火災防止に繋がる適切な製造設備を設計しています。このようにして、患者さんに「価値」を届けるため、より安全な製造プロセスへの改良を続けています。
責任ある製造プロセスによる安定供給を確保するためのこれらの取り組みは、患者さんがアステラス製品を継続的に使用していただくためにとても重要です。
医療過誤の防止、医薬品の識別性向上
アステラスは、患者さんや医療従事者が医薬品を取り違えないよう、使用者の視点に立った製品の提供に努めています。カプセル剤・錠剤に製品名を直接表示しているほか、包装シート(PTPシート)を分割しても薬剤名や含量を識別しやすくするなど、医療過誤の防止に取り組んでいます。また、PTPシートの表示の見間違えを防止するため、一部の製品においてPTPシートに見やすい色と書体を採用し、視認性の向上を図っています。
服用回数に注意が必要な医薬品については、医療過誤防止の観点からブリスターカード包装*1も採用しています。例えば2019年に新発売したエベレンゾ®錠20mg、同50mg、同100mgは、週3回服用する製品であることから、3錠単位のブリスターカード包装とすることで飲み間違えを防止するとともに、用量に応じてサイズや色、表示デザインを変えることで取り違えの防止も図っています。
また、患者さんの服薬コンプライアンスや飲みやすさの向上の観点から、製剤の小型化や剤形の変更にも取り組んでいます。例えば2018年に新発売したイクスタンジ®錠40mg(直径10.1mm)、同80mg(長径17.2mm)は、従来のイクスタンジ®カプセル40mg(長径21mm)と比較してサイズが小さく、1回当たりの服用錠数を低減することも見込めるため、患者さんの服薬時の負担を軽減することが期待されています。
*1 PTPシートの両面を紙で覆ってカード状にした包装形態。
製品パッケージへのユニバーサルデザインの導入
一部の製品パッケージにユニバーサルデザインを導入しています。例えば、4週に1回服用するボノテオ錠50mgのユニバーサルデザイン容器は、開封性に優れたパッケージを採用し、飲み忘れ防止のために服薬日の記載欄を設けるとともにカレンダー用のシールを添付しています。また、文字の読みやすさに配慮し、ユニバーサルデザインフォントを使用しています。
FDA査察
アステラスは、現行の医薬品適正製造基準(current GMP:Good Manufacturing Practice)に準拠した独自の品質基準を定め、各製造現場でこの基準を採用しています。2022年3月期は、グローバル全体で、米国食品医薬品局(FDA)による査察は実施されませんでした。
米国食品医薬品局(FDA)査察の履歴
年度 | FDA査察数 | 警告書発行 | Form483受領数*2 | Form483受領工場 |
2014 | 5 | 該当なし | 1 | 高岡(日本) |
2015 | 4 | 該当なし | 2 | ノーマン(US)*、高岡(日本) |
2016 | 2 | 該当なし | 1 | 富山(日本) |
2017 | 2 | 該当なし | 1 | 富山(日本) |
2018 | 3 | 該当なし | 1 | 高岡(日本) |
2019 | 2 | 該当なし | 1 | 富山(日本) |
2020 | 2 | 該当なし | 該当なし | 該当なし |
2021 | 0 | ー | ー | ー |
2022 | 0 | ー | ー | ー |
2023 | 1 | ー | 1 | 焼津(日本) |
*米国ノーマン工場は2016年8月にAvara Norman Pharmaceutical Services, Inc.へ譲渡済み。
*2 Form 483:米国食品医薬品局(FDA)による査察の結果、指摘事項があった場合に、FDAはForm 483を発行し、連邦食品医薬品化粧品法および関連法の違反となる可能性を通知します。
品質マニュアル
アステラスは、品質保証部門の機能や活動を「品質マニュアル」に規定しています。世界各国・地域の各組織は、このマニュアルに基づき、グローバル・地域・国のレベルで、品質保証のための体制や、関連するさまざまな業務の運用管理や手順などに関するガイドラインと標準操作手順書類を策定し、教育・研修プログラムを通して内容の理解・浸透を図っています。これらの文書類については、定期的に、また必要に応じて見直し、規制の変更や改訂などの外部環境の変化に迅速に対応しています。
販社における品質保証体制の強化
アステラスでは、世界中の患者さんに均一で高品質な医薬品を確実に供給するため、強固な品質保証体制をグローバルに構築しています。この品質マネジメントシステムは、グローバルおよびグループ横断的な品質ポリシーと合致するものです。グローバルな品質保証体制の中には、アステラスの全販社における品質保証活動も組み込んでいます。品質を重視するアステラスの企業文化を強化すると同時に、最高水準の人材を育成する目的でも、世界各国の販社に対して継続的に支援しています。
国内外の製造委託先との協働による環境に配慮した製造への取り組み
アステラスでは医薬品を製造するにあたり、患者さんだけでなく、地域社会や自然と共生した持続可能な社会づくりを目指して、環境に配慮した医薬品の製造方法の開発に取り組んでいます。
一般的に医薬品の有効成分である原薬を化学合成する際には、有機溶媒等の環境に負荷がかかる材料を使用します。そのため、製造方法による環境への影響を評価し、環境負荷を極小化するために必要な対策を講じています。
近年,国内に限らず海外の委託先とも製造方法の開発段階から協働する機会が増えてきたために、環境への影響の評価と環境負荷の低減についても協働を開始しました。
具体的には、アステラス環境基準の共有、委託先の環境・安全衛生に関するポリシーと製造プロセスの理解、化学合成の際に発生するガスや廃液の処理方法の確認と精査、それらを基にした対策の立案などです。委託先にアステラスが求める環境基準を共有し協働することにより、十分な環境対策を備えた製造方法の開発に注力しています。
アステラスは、医薬品の品質や安定供給のみならず、国内外の環境に配慮した医薬品製造も追求し、患者さんの利益と地球規模での環境保全に貢献します。
地域社会との関わりおよび環境への配慮
持続可能な医薬品生産に向けて、アステラスは、製造事業所の近隣住民や地域コミュニティとの対話の機会を設け、アステラスの取り組みを積極的に開示することで、良好な関係の構築に取り組んでいます。
アイルランドのケリー工場内には自然保護エリアが存在し、地域に開放して遊歩道を整備し、エリア内に存在する動植物の説明を記載した看板を設置しています。
環境保護や安全衛生、エネルギー保護をテーマにしたカレンダーを作成するイベントを毎年開催しており、地域の12の学校から毎年1,000件以上の応募があります。
また、地域の学校と協力して科学技術の浸透のためのイベント開催や、四半期に一度、地域の生物多様性の情報を紹介するレターの発行・配布といった活動も行っています。
他にも地元の種々な団体との交流やサポートを通して地域社会に貢献しています。
環境負荷軽減や持続可能性を考慮した医薬品生産は重要な取り組みとなっています。医薬品製造に必要なさまざまな基準の順守と同時に、環境に配慮した取り組みを行っており、2020年には SEAI*3から「Energy Team of the year」を受賞しました。
*3 SEAI(Sustainable Energy Authority of Ireland):CO2排出抑制をサポートするアイルランド政府所属の団体。