2023.06.28

行動科学の力で患者さんの治療を変える

行動科学の力で患者さんの治療を変える

「今日は何を食べよう」「今度の休みはどこへ行こう?」といった小さなことから、「どんな仕事に就くか」といった大きなことまで、私たちは人生で多くの選択をしています。明確な理由を持って選択する場合と、特に理由もなく無意識に選択する場合がありますが、どちらも私たちの意思決定や行動には複雑な要因が影響しています。人々の行動とそこに至るまでの意思決定プロセス、そしてその行動によってもたらされる影響について研究する学問を、行動科学と言います。

人々の行動は患者さんの治療にも密接に関係しており、行動が治療結果に与える影響は50%にも及ぶと言われています*。アステラスでは、この行動科学を患者さんの治療に活かすために、行動科学コンソーシアム(Behavioral Science Consortium、以下BSC)を設立しました。BSCでは、心理学、社会学、行動経済学、人類学といった分野の世界的な専門家と協働し、病気の治療や介護に関わる人々の行動や意思決定をより深く知るために活動しています。この活動を牽引するLisa Mattle(以下、リサ)とLaura de Ruiter(以下、ローラ)に話を聞きました。

*McGovern, L., Miller, G., and Hughes-Cromwick, P. 2014. The Relative Contribution of Multiple Determinants to Health Outcomes. Health Affairs Health Policy Brief, 21.
 

 

1. 行動科学に興味を持ったきっかけ

Lisa Mattle

リサ:私自身の過去の病気の経験や、両親を病気で亡くした経験から、医療に関する情報の複雑さを実感しました。そして感情面でも厳しい状況の中で、物事を決定することの難しさを感じ、医療分野における人々の行動や、意思決定のプロセスについて興味を持つようになりました。
特に母の介護では、医師や看護師をはじめとする医療関係者が、それぞれの立場でケアを施す様子を見ていました。この頃から、周りの環境や人々の関係性が意思決定にどう影響するのか、そして患者さんや家族へもたらす影響について理解したいと思うようになりました。

 

Laura de Ruiter

ローラ:私が行動科学に興味を持つようになった原点は、幼少期にさかのぼります。両親は私を世界のさまざまな国へ連れて行き、多様な文化を経験させてくれました。また、日本をはじめいくつかの国で暮らした経験が、私の物の見方に影響を与え、人々の共通点や違いに興味を持つようになりました。
最初は子供たちがどのように言語を習得するのかについて学びました。次第に人々の共通点や違いがなぜ生じるのかという疑問が浮かび、言語習得という枠を超えて人々の行動全般への興味にたどり着きました。

 

 

2. アステラスが行動科学を取り入れた背景

リサ: 2019年にアステラスのペイシェント・セントリシティ部門長に就任したアンソニー・ヤニの考えが大きく影響しています。彼はプライマリ・ケア・フィジシャン(米国の患者さんの初期診療を行うかかりつけ医)として、患者さんと直に接してきた経験を活かし、医薬品のライフサイクル全般において患者さんの声を確実に取り入れるべき、という想いを実行した人物です。そして、人々の行動の背景や、治療に与える影響を理解することの重要性についても提唱し、BSCの設立につながっています。(詳しくはこちら
BSCでは、誰もが持っているアンコンシャスバイアス(無意識な思い込み・偏見)や文化的な背景、これまでの経験などの要因が意思決定に大きく影響し、最終的には患者さんの治療結果にも影響を与えるものと認識しています。私たちは、患者さんのニーズに合わせた有意義な治療を提供するには、科学的な観点だけでは不十分と考え、患者さんの視点を研究開発に取り入れること、そして望ましい治療効果を生み出すために行動科学を活用することを実践しています。

 

3. 行動科学を患者さんの治療改善に活用した例

リサ:たとえば、中東のがん患者さんに向けて、メンタルヘルスに関する情報を提供するアプリの開発が挙げられます。地域によっては、がんと診断された後に十分な医療サポートが受けられない場合があり、患者さんの憂鬱な感情、不安や恐怖を引き起こす可能性があります。そこで、行動科学の知見を活かし、アプリを地域や文化的背景に合わせてカスタマイズしたことで、がん患者さんを効果的にサポートできるアプリとして、向上させることができました。

ローラ:有効なソリューションを開発するためには、その地域に住む人々の文化、がんやメンタルヘルスに対する考え、起こり得る偏見などを理解することが重要です。このアプリのプロジェクトから、医薬品開発と人類学のつながりを実感しました。

別の事例として、毎年11月の胃がんの啓発月間では、複数の社内セッションを実施しました。胃がんに関連する多様な要因を理解するため、患者さんや介護者の地域による違いを、文化的な側面も交えて専門医から学ぶセッションもありました。胃がんの場合、食事に関連した対処法が必要ですが、食事は家族の絆にも影響し、住んでいる文化圏によっては非常に大きな問題になることもあります。地域ごとに存在する胃がんへの対処法の違いや、患者さんや関係者が抱える固有の課題について理解することは、胃がん分野での開発において非常に重要と考えています。

 

4. 今、BSCが特に力を入れている取り組み

今、BSCが特に力を入れている取り組み

リサ:行動科学について社員に知ってもらう活動と、専門家の話を社員が理解できるようにわかりやすく伝える活動に力を入れています。さまざまな分野の専門家を世界中から招き、製薬業界における行動科学の有意性について理解するためのセミナーを企画しています。その結果、行動科学を自身の業務内容につなげられないか、という相談が寄せられるようになり、業務内容に合わせたセミナーや、プロジェクトが開始されるなど、行動科学の活用が社員の中でもさらなる広がりを見せています。

 

また、私たちのチームには成人学習や行動変容の専門家もいるので、その分野の知見も組み合わせて、効果的なレクチャー方法や、学びを行動につなげるための方法についても追及しています。社内で実施しているこのような活動は、社外で行う啓発活動にも通じるところがあるので、最終的に患者さんにもつながっていくと思っています。

ローラ:これらの取り組みを通じて私が実感したのは、知識がないことが、必ずしも人々が行動できない理由ではないということです。これは医療関係者や患者さん、介護者だけでなく、誰にでも当てはまると思います。

これまで関わってきた複数のプロジェクトで、知識があってもそれに基づいて行動できないケースをいくつも見てきました。たとえば、良く眠り、適度に運動し、バランスの良い食事をとることが健康に良いことは誰でも知っています。しかし、それを直ちに正しく実践できるか?というと簡単ではありません。このパターンは、さまざまな場面に当てはまります。私たちは単に興味深い情報を社員に提供するだけなく、「具体的にこの知識をどう活かし、行動につなげていけば良いのか?」という質問に対して、しっかりとした解決策を示していくことが大切だと思っています。

 

5. 今後の展望、描くビジョン

今後の展望、描くビジョン

リサ:文献や専門家から得た知識を基に、私たちが提供する情報が社内のあらゆるチームで活用されており、成果も見えてきています。これからも、患者さんのために行動科学を応用するためにはどうすればよいのか?と私たちに相談に来る社員と共に、最適な方法を生み出していきたいと思っています。また、患者さんや医療関係者との直接の対話も通じて、新たな知識の創出につなげたいです。

ローラ:私個人としては、提供した新たな視点やツールが、どのように人々に貢献できるかをワクワクしながら見守っています。私たちの活動が将来的なプロジェクトに役立つことを願っています。

 

 

アステラスのペイシェント・セントリシティの取り組み、「Circle Care」アプリ開発のきっかけとなった社内イノベーション・チャレンジに関する記事もご覧ください。

 

 

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