2023.04.14

創薬研究の舞台裏―社員の挑戦を後押しする組織の在り方とは

創薬研究の舞台裏―社員の挑戦を後押しする組織の在り方とは

ヒトの身体の中で様々な機能を担っているタンパク質。その異常は病気と密接に関わっており、多くの医薬品は病気の発症に関わるタンパク質の働きを制御することで、その効果を発揮します。これまで化学合成によって多くの医薬品(合成医薬品)が生み出されてきましたが、従来の方法では病気の発症に関わるタンパク質の約20%にしかアプローチ出来ないと考えられてきました。

近年、従来の合成医薬品とは異なる方法で、残りの80%にもアプローチし得る技術が実用化されつつあります。アステラスでは、1人の研究員の発想をリーダーが後押しし、組織全体で研究開発を進め、この技術を用いて複数の開発候補品を作り出すことに成功しました。この成果の背景について、プロテインデグレーダー部門長の早川昌彦と、研究員の吉成友博に話を聞きました。

 

新しい技術、標的タンパク質分解誘導の可能性

従来の合成医薬品は、病気の発症に関わるタンパク質が持つポケットに入り込んで、そのタンパク質の働きを調整します。しかし、約80%のタンパク質には合成医薬品が強く結合するための深いポケットがないため、十分にその機能を調整できないと考えられていました。そのようなタンパク質の一つに、KRASと呼ばれるものがあります。これは、ヒトの身体において細胞の増殖に関わる非常に重要なタンパク質ですが、様々な要因でこのタンパク質が過度に働くようになると、細胞の増殖が止まらなくなり、がんを引き起こす可能性があります。アステラスは以前から、KRASの機能を制御する合成医薬品の研究に取り組んできました。薬の種を見つけることはできましたが、薬として十分な効果を発揮することはできていませんでした。

近年研究開発が進んでいる新しい技術、標的タンパク質分解誘導は、従来の合成医薬品では標的とすることが難しいとされていた残り80%のタンパク質にも、アプローチできるようになる可能性を秘めています。この技術は、身体にもともと備わっている機能を活用して、病気の原因となるタンパク質の分解を促進します。タンパク質分解誘導剤のより詳しい仕組みは、こちらをご覧ください。

タンパク質分解誘導剤の研究に従事していた吉成友博は、この技術を用いてがんの発症に関わるタンパク質であるKRASにアプローチするためにはどうすべきかを考えていました。
 

Yoshinari_Tomohiro

「研究を続ける中で、従来と異なるアプローチによって、KRASを標的とするタンパク質分解誘導剤をうまく設計できるかもしれない、と考えました。そこで、設計のアイデアを描き、リーダーである早川さんに提案しました。早川さんには、普段から思いついたアイデアをよく話していました。小さなアイデアでも提案できる環境にあったので、その時も大々的に作りこんだプレゼンをしたわけではなく、気軽に自分のアイデアを話しました。うまくいくかどうか分からない中で、早川さんが後押ししてくれたことを覚えています」

 

Masahiko_Hayakawa

当時を振り返り、早川は
「吉成さんが持ってきた新しいアイデアの図を見たときに、美しいデザインだな、と思いました。そしてやってみたら?とすぐにGoサインを出しました。
以前の研究組織では、アイデアを実行に移すため必要な承認ステップが複数あり、時間がかかっていたのですが、研究組織体制の改革によって、各研究ユニットが決裁権を持ってアジャイルに研究を進めようという組織体制になっていたので、私の判断ですぐに実行に移してもらいました」と話します。

 

One Astellasでチャレンジする

その後、研究開始からわずか5ヶ月という速さで、KRASを標的としたタンパク質分解誘導剤の創出に成功し、2021年1月には、開発候補化合物に選定しました。通常、開発候補化合物にいたるには、数百から1,000以上の化合物の合成を行うなど、膨大な時間がかかります。今回はこれまで蓄積してきたKRAS研究の知見や、コンピューター・AIの力も活用して化合物の構造設計を行うことで、38番目の化合物を開発候補化合物として選定することができました。そのわずか1年後には治験許可申請(IND)を米国のFDAに提出し、これまでにないスピードで開発が進んでいます。その背景について早川は、
「IND提出への道のりは、アステラスが培ってきた経験をもとにチャレンジングなスケジュールを立て、研究から他部門に提案したことから始まりました。本当にできるのかという思いを持ちつつも、これを達成するにはどうしたら良いかをそれぞれの部門が考えながら、一体となって進むことができました」と話します。

これまでは、研究から開発へとバトンを渡すイメージでしたが、今回は研究と開発、製造をはじめとする複数の部門がスクラムを組んで、共通の目標に向かうことができました。

 

患者さんに新たな「価値」を

患者さんに新たな「価値」を


今後の展開について、早川はこう語ります。
「タンパク質分解誘導剤は、合成医薬品の可能性を広げ、新時代の幕開けとなる技術であると信じています。ベースとなるのは合成医薬品なので、アステラスがこれまで蓄積してきた知識や経験を活かして、優位性が出せると考えています。また、社内には合成医薬品のエキスパートも数多く在籍しています。これからも柔軟な組織体制で、各研究者の得意分野を活かしつつ、社外のパートナーの力も積極的に活用していきます。タンパク分解誘導剤で業界をリードし、患者さんの『価値』につなげていきたいです。」

 

 

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