アステラスのDX戦略シリーズ Vol.2:人×AI×ロボットの協働で創薬を加速
一般的に医薬品の研究開発にかかる期間は10年から20年、その成功確率は3万分の1と言われています。デジタルトランスフォーメーション(DX)の取り組みをバリューチェーン全体で推進するアステラスでは、人、AI、ロボットが協働する新しい医薬品創製プラットフォームを独自に構築し、より短期間で優れた医薬品の開発を可能にする体制を実現しました。
医薬品候補化合物取得までの期間を最短で約70%短縮
従来、病気の原因となる標的分子に結合しやすい化合物(ヒット化合物)を、医薬品としての適性を高めた化合物(医薬品候補化合物)とするまでには、多大な時間とコストを要していました。アステラスでは、「人×AI×ロボットを統合した“Human-in-the-Loop”型の医薬品創製プラットフォーム」を構築し、ヒット化合物から医薬品候補化合物取得までの期間を、従来に比べて最短で約70%短縮しました。創薬の各工程はAIとロボットを活用して進め、要所で研究者がアイデアや総合的判断などの価値を加える仕組みとすることで、創薬スピードが飛躍的に向上しました。この医薬品創製プラットフォームで、化合物の構造設計(Design)、合成(Make)、その化合物の薬理作用などを評価(Test)、解析し(Analyze)、その結果から次のより良い化合物の構造を設計するというDMTAサイクルを回しています。
低分子創薬でこのプラットフォームを活用し、創薬スピードが飛躍的に向上したことを受け、細胞や遺伝子などの新しいモダリティにもこのプラットフォームを活用したいと考えました。そこで、iPS細胞を創薬に活用するために既につくば研究センターに導入していたロボット、Maholo(まほろ)を軸に、新たにMahol-A-Ba(まほらば)を開発しました。
【解説動画】
人×AI×ロボットを統合した“Human-in-the-Loop”型の医薬品創製プラットフォーム
iPS細胞培養の限界を突破する
Mahol-A-BaはiPS細胞を用いて細胞アッセイを行います。この開発の背景には、新たな創薬研究手法の必要性の高まりがありました。例えば、アステラスでは希少疾患に対する治療薬の研究開発も行っていますが、希少疾患の場合、患者さんの数が少なく検体の採取が困難であるため、従来の手法での創薬には限界がありました。その状況の中、iPS細胞を活用し、細胞を目的の細胞へ分化させる技術が登場したことにより、この限界を突破する出口が見えました。
しかしながら、iPS細胞は非常に扱いが難しく、細胞を培養・分化させるためには熟練した研究者の手技や、経験に基づく判断力が必要です。そして目的の細胞に分化しているか、化合物の薬理作用はどうかを評価するためにも、熟練した研究者の観察眼が必要です。この分野の研究者は世界的にも未だ多くはありません。
また、iPS細胞は様々な細胞に変化する利点と同時に、実験者の些細な取り扱いの差によって状態が変化し、全く別の細胞に分化してしまうこともあります。たとえ熟練した研究者であっても、手作業による誤差が生じる可能性や、稼働時間の限界があります。
このような課題を解決するために、アステラスが開発したのがMahol-A-Baです。研究者が行っていた細胞培養・分化の作業は「匠の腕」を再現できるロボットMaholoが担い、分化した細胞の活性や、薬理作用の評価を「匠の眼」を持つロボットが行います。その膨大なデータをAIが解析し、人が判断し、フィードバックを行うことで学習・向上に繋げます。このプラットフォームにより、希少疾患であっても、そのバイオロジーをin vitro(試験管内)で再現できるようになり、創薬標的の仮説検証、医薬品候補の薬理作用の確認・メカニズム解明が可能になりました。
「匠の腕」と「匠の眼」で100から1,000倍規模の実験を可能に
アステラスの主任研究員の下門は、「匠の腕」であるMaholoを扱います。iPS細胞の熟練した研究者である下門は、自らの手技をデジタル化し、Maholoで再現しています。
「例えば細胞を培養するために、容器に均一に細胞を播種(はしゅ)※したい場合、培養用の容器にあらかじめ加えておく液体や、添加する細胞懸濁液の体積、細胞懸濁液をピペットに吸引する前にかき混ぜる回数と速度、細胞懸濁液を培養用の容器に移すときの座標や速度などをパラメーターとして細胞分布をスコア化し、最適な動作を決定していきます。
最適な条件が見つかれば、その後はMaholoで何度でも同じ細胞分布で播種できるようになります。このような最適な動作数値を、2週間から1か月程度で取得することができています。Maholoによって、熟練研究者以上の高精度・高再現性で、長期間にわたって実験を継続することが可能になりました。」
※播種とは、もともとは植物の種子を播く(種まき)ことから転じて、種をばらまくように細かい点が無造作・無秩序にある状態を言います。生物学的には細胞を培養容器に加える意として使われます。
また、アステラスの主管研究員の生田目一寿は、「匠の眼」ロボットを扱います。
「『匠の眼』ロボットは、Maholoで培養、分化させた細胞の形態変化を、約1週間にわたり、イメージング装置で数時間ごとに撮像します。この装置にはAIが搭載されており、細胞の分化状況や薬理作用の強弱を定量的なデータに変換します。さらに画像処理技術にもAIを活用しているため、より分かりやすく、精密な結果を得ることができます。またこのロボットでは、非常に多くの検体を同時に試験することが可能です。
研究者は取得したデータから化合物の薬理作用を評価し、その結果を次の実験に活かしていきます。もし細胞の状態に問題がある場合は、結果を下門さんにフィードバックし、Maholo側で細胞準備プロセスの条件を最適化します。『匠の眼』ロボットによって、これまで捉えられなかった新たな機能異常や、創薬標的の発見ができるようになり、創薬テーマの創出につながると考えています。」
二人は、「Mahol-A-Baにより、従来に比べて100 倍から 1,000 倍規模の実験を同じ時間でできるようになりました。また実験の全自動化により、合間合間の研究者の作業(プレートを入れ替える等)がなくなることで、データ解析や次の実験の計画、中長期的な戦略や計画策定に、人が十分に時間を使えるようになりました」と語ります。
また、Mahol-A-Baによって自動化されたプロセスは遠隔操作が可能です。現在、アステラスでは世界中の研究者のアイデアを創薬研究に活かすための環境の構築を進めており、2020年代半ばを目処に完成させる予定です。
患者さんのために人×AI×ロボットで創薬研究を加速させる
AI、ロボットの活用は、研究開発スピードの加速、コストの低減、医薬品の品質向上など、これまで人の力だけでは不可能であったことを可能にする新しいアプローチです。低分子や抗体、さらに細胞や遺伝子といった新しいモダリティにおいても、これらの技術をグローバルで活用し、Agile(機動的)な創薬研究を実現していきます。
Mahol-A-Baという名称は、日本の古語「まほろば(理想郷)」にちなんでおり、Maholoを活用したアステラス(A)のプラットフォーム(場=Ba)という意味が込められています。AI、ロボットを活用したDX、そして欠かせない人の力で、患者さんにいち早く、より良い医薬品を届ける事を目指します。
アステラスはすべての事業領域で社員が一丸となって、DXを継続的に推進しています。幅広い取り組みのなかで、特に代表的な取り組みをシリーズで紹介します。
アステラスのDX戦略シリーズ
Vol.1 患者さんの「価値」を創造し、最大化するためのDXを実践
Read moreVol.3 患者さんの声とテクノロジーを融合した新たな臨床試験のアプローチ
Read moreVol.4 モノづくりのイノベーション〜医薬品生産の品質管理を向上する新システムを構築
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