サイエンス
2020.12.23

マイトブリッジを完全子会社にした意義~ミトコンドリア関連疾患領域の研究開発を加速~

マイトブリッジを完全子会社にした意義~ミトコンドリア関連疾患領域の研究開発を加速~

Primary Focus「ミトコンドリアバイオロジー」
~第一章 Primary Focusリード~

 

ミトコンドリアの機能不全に伴う様々な疾患に対する治療法の開発に取り組んでいる長瀬逸郎。

長瀬は先ず、アステラスが2018年に完全子会社としたマイトブリッジと、その意義について語ります。

 

 


 

「マイトブリッジはミトコンドリア研究に注力しており、ライフサイエンス関係の研究機関が集積している米国マサチューセッツ州ケンブリッジに拠点を置いています。その周辺一帯は、幅広い産業分野の人と人、企業と企業のコラボレーションのメッカです。まだ治療法に繋がるかどうか分からないような早期のプロジェクトは、従来型の大規模な製薬会社からではなくバイオベンチャーから出てくることが多くなっています。一般的に大企業は、意思決定プロセスに時間がかかり、新規プロジェクトの開始が遅れるケースもあります。その点、柔軟に対応できる小規模な企業の方が大企業よりもアドバンテージがあると思います。またベンチャー企業にはリスクを取るという文化もあります。アステラスの使命は、大型プレーヤーとしてこのようなベンチャー企業の強みを活かしながら、最先端の製品を産み出す機会をつくることだと考えています」

アステラスはマイトブリッジを完全子会社化することで、マイトブリッジが持っていたアセットだけでなく、マイトブリッジがそれまでに培ってきたボストン周辺のベンチャー企業との連携やネットワークに基づく知見や専門性も入手することができました。また、マイトブリッジはマイトブリッジの科学諮問委員会(Scientific Advisory Board)を介して、多くの大学・研究機関との関係構築も行ってきました。同委員会は、ノーベル医学賞の受賞者であり、マサチューセッツ工科大学(MIT)の教授でもあるハワード・ロバート・ホロビッツ(Howard Robert Horvitz)博士と、ハーバード大学医学部の教授であり、マサチューセッツ総合病院(MGH)のトランスレーショナル医療グループのディレクターなど、多くの職務に就いてきたメイソン・フリーマン(Mason Freeman)博士が共同でリードしています。子会社化により、アステラスのミトコンドリア領域の研究開発力は強化されました。何よりも、マイトブリッジが米国カリフォルニア州にあるソーク研究所のロナルド・エヴァンス(Ronald Evans)博士と共同で研究していたペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(PPAR)のδ(デルタ)型に作用する化合物群は、マイトブリッジが保持していたアセットのうち最も先行しているものであり、それらを入手することができたのは大きな意義があります(PPARのδ(デルタ)型については、第二章「プログラム編」にて説明します)。
 

 

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パートナーの強みを互いに尊重し、プロジェクトを率いることの重要性

更に長瀬は、このPrimary Focusリードに就いた背景を語ります(Primary Focusの詳細は、「Focus Areaアプローチ ~最先端の科学を患者さんの価値へ」ページにてご確認ください)。

「Primary Focusリードになる前は、米国でオンコロジー(がん)領域の製品であるゾスパタ開発チームのグローバルプロジェクトリーダーを担当し、研究、開発のほか、薬事、マーケティング、メディカルアフェアーズ、法務、更には小さな診断薬開発会社といった、多くの部署や組織とのコラボレーションを経験してきました。特にベンチャー企業とビジネスを進める上で、私がこれまで培ってきたこのグローバルプロジェクトリーダーとしての経験が大いに活かされています」

「アステラスに入社後、つくば研究所で糖尿病治療薬のグループに所属しており、その際にミトコンドリアに関連した分野の研究で博士号を取得しました。こうして再びミトコンドリアに関わるようになったことを不思議な縁と感じています。ミトコンドリア研究に従事していた経験は、このPrimary Focusをリードする上でプラスになっています」

「ベンチャー企業との企業文化の違いから、ベンチャー企業とコラボレーションして製品をつくるのは難しくもあり、やりがいもあります。私の父はガラス瓶を作る工場に部品を卸す小さな会社の社長でした。従業員3人程度の小さな町工場です。当時はビール瓶が収益の柱だったので、父はいつも暑い夏になることを願っていました。父が大企業と対話したときのことを私は記憶しています。会社や社員を守るために、アイデアを聞き入れてもらえるよう努めながら、大企業と対立するのではなく、協調して良い関係を育んでいかなければならない――。ベンチャー企業は産み出されたプロジェクトや製品への誇りを持っていますが、大企業は開発案件を数多く抱えていることから限られた製品に注力できるベンチャー企業のような情熱やプロジェクトを早く達成しようという敏捷性に欠けていることがあります。こうしたせめぎ合いがある中で、ベンチャー企業と大企業が持つ経験とノウハウを融合し、パートナーの強みを互いに尊重するようリードすることが、私に与えられた使命だと考えています」

 

Primary Focus「ミトコンドリアバイオロジー」
~第二章 プログラム~

 

ミトコンドリアの機能不全に伴う様々な疾患に対する治療法の探索


ミトコンドリアの機能不全に伴う様々な疾患に対する治療法の探索

ATPという言葉を聞いたことがあるでしょうか。アデノシン3リン酸と呼ばれる化学物質です。アデノシンという塩基にリン酸分子が3つ結合した形をしていて、ヒトを含めすべての真核生物(核が細胞に存在している生物の総称)がエネルギーとして利用している、生物が生存していく上で重要な役割を担っている物質です。私達は体内で酸素を吸って二酸化炭素を吐き出す呼吸を行うことでエネルギーを取り出していますが、この呼吸を通じた化学反応によりATPを生産しているのがミトコンドリアです。

ミトコンドリアは生物が生きていくために重要な役割を果たしています。その機能に障害を起こせば、健康を損なう要因ともなり得ます。例えば、心臓手術をする時に、心臓を止めて血液の流れを止めると体内の酸素が減少します。その後、血流を再開して酸素が大量に供給されると活性酸素が生じて組織に障害を起こすことがあります。障害を受けた組織は再生する過程で多くのエネルギーを必要としますが、そのエネルギーの供給源がミトコンドリアです。こうしたミトコンドリアの機能を活性化したり、ミトコンドリアを増やしたりするような化合物ができれば、ミトコンドリアの機能不全によって生じるさまざまな病気の治療法として応用できるのではないか、私たちはそう考えて、このPrimary Focusを始めました。

 

主なプログラム

 

急性腎不全、デュシェンヌ型筋ジストロフィー、初期のミトコンドリア筋症などをターゲットとしたプログラム

体内にある分子の中からミトコンドリアの機能改善に関係しそうな分子に着目し、まずはこれら標的分子と病気の病態生理学とのつながりを深く理解することが重要です。標的タンパク質に作用する化合物を合成し、その標的タンパク質と作用機序に関連のありそうな症状を科学的な妥当性の観点からリストアップします。そのリストの中から、非臨床試験のデータを確認しアンメットメディカルニーズが高く、臨床試験が実施可能な化合物を最終的に選択します。動物もしくはヒトにその化合物を投与することによって、研究開発中である新薬候補物質の有用性(効能)と安全性に関する証拠を見つけて、治療法の機会をさらに広げます。現在の研究開発段階のプロジェクトは、便宜的に(1)遺伝子調節とミトコンドリア増殖に関わるもの、(2)ストレス応答に関わるもの、(3)NAD+(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)増強とミトコンドリア膜電位の上昇に関わるもの、(4)ミトコンドリアの融合と分裂に関わるもの――の4つの科学的アプローチに分類できます。
 

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前述の通り、マイトブリッジの完全子会社化により、同社がエヴァンス博士と共同研究していたペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(PPAR)のδ(デルタ)型に作用する化合物の群を入手しました。PPARδは脂肪酸代謝を調節する主要制御因子として知られており、ミトコンドリアの増加にも関わっていることが分かっています。これら選択的PPARδ調節薬はマイトブリッジが保持していたアセットのうち最も先行しているもので、私たちは現在POC(Proof of Concept:臨床での有効性の確認)臨床試験を実施しています。経口薬のASP0367と注射薬として開発中のASP1128です。

エヴァンス博士は、ここ20年来のPPAR研究の第一人者です。PPARはα(アルファ)、γ(ガンマ)、δ(デルタ)の3つの型が知られています。PPARαとPPARγに作用する化合物はそれぞれ脂質改善薬、糖尿病治療薬として上市されました。PPARδに作用する化合物だけが発がんリスクがあるため上市には至らなかったのですが、エヴァンス博士は発がんを抑制するPPARδを20年間にわたって研究し続けてきました。そのエヴァンス博士と協働し、実用化への大きな期待が持てる化合物を特定したのがマイトブリッジです。

mitobridge ロゴ

ターゲットとする適応症は、急性腎不全、デュシェンヌ型筋ジストロフィー、初期のミトコンドリア筋症と、どれもアンメットメディカルニーズが非常に高い疾患です。マイトブリッジの開発パイプラインにはこれら二つ以外のプログラムが複数あり、患者さんへの有用性・効果に関する証拠を見つけようと鋭意研究を進めています。

ミトコンドリアの機能不全に起因するアンメットメディカルニーズの更なる充足に向けた挑戦

Primary Focus「ミトコンドリアバイオロジー」では、ミトコンドリアの働きが低下するなど、ミトコンドリアの機能不全が原因で起こる疾患を全てカバーします。重症度が高く、かつ効果的な治療法がほとんど開発されていないミトコンドリア病も、そのターゲットです。ミトコンドリアの機能を担うたんぱく質をコードする遺伝子、またはミトコンドリアDNAそのものに変異が生じることによって発生する症状で、日本では難病指定されています。公益財団法人難病医学研究財団が運営する難病情報センター(https://www.nanbyou.or.jp/)では代表的なミトコンドリア病として、慢性進行性外眼筋麻痺症候群(CPEO)、Leigh(リー)脳症、卒中様症状を伴うミトコンドリア病(MELAS:メラス)、ミオクローヌスを伴うミトコンドリア病(MERRF:マーフ)が紹介されています。

ミトコンドリアは体中の細胞に存在しているため、ミトコンドリア病の症状は体のさまざまなところに現れます。筋力の低下や疲労の増加といった自覚症状のほか、循環器系では心筋症や不整脈、脳の関係では痙攣や脳卒中症状、内分泌関連では低身長といったさまざまな症状として現れることもあります。一人の患者さんがいくつもの症状で悩まれているケースもあります。

2019年10月の選択的PPARδ調節薬ASP1128の急性腎障害での開発に続き、2020年10月には、遺伝子の変異によりミトコンドリアの機能が障害されるミトコンドリア病である、原発性ミトコンドリアミオパチー(Primary Mitochondrial Myopathy: PMM)の治療薬としてのASP0367/MA-0211の開発についても、米国食品医薬品局(FDA)からファストトラック(優先審査制度)指定を受けました。私たちは製薬業界で治療法開発が困難と考えられているミトコンドリア病治療の創出にも取り組んでいきます。

さらに、Primary Focus「ミトコンドリアバイオロジー」において細胞医療の試みを開始することにしました。これまで培ってきたミトコンドリアバイオロジーにおける専門性と、アステラスの再生医療や細胞医療の研究開発の拠点であるAIRM(Astellas Institute for Regenerative Medicine)の細胞医療プラットフォームおよび2018年にアステラスの一員となったユニバーサルセルズ社のユニバーサルドナー細胞技術を組み合わせ、ミトコンドリアの機能に着目した革新的な細胞医療の確立に挑戦していきます。
 

 


 

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