2021.03.24

AI×人間のコラボレーションによる画期的な新薬の創出

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近年、社会全体でデジタルトランスフォーメーション(DX)の重要性が叫ばれていますが、製薬企業のビジネスは以前からデータ活用を基盤として行われています。例えば、研究では多くの実験データを基に創薬シーズ*1の探索が行われており、生命現象を解き明かすバイオインフォマティクスや化学の研究を推進するケモインフォマティクスといったコンピュータを用いる新しい研究手法に取り組んできました。製薬企業は、開発における臨床試験(治験)データの解析を以前から行っており、近年はリアルワールドデータの活用も始めています。医療ビッグデータの活用は、先進的な治療方法を見いだす新しい潮流となっています。

 

 

もともと計算生物化学や分子進化学の研究をしていた、アドバンストインフォマティクス&アナリティクス(AIA)*2部門AIA室の角山和久室長。自身がライフサイエンスのデータ活用を担うようになった経験を踏まえ、「これからの製薬企業は情報産業化に向けた動きをさらに加速させる必要がある」と語ります。

「創薬は科学的なエビデンス(証拠、根拠)に基づいて進める必要があります。その薬の効果があるのかどうかを見極めるのはもちろん、副作用の有無も調べなくてはいけません。こうした判断の基になるのが科学的なデータです」

角山は科学的なデータの活用について、こう語ります。
「創薬研究、開発と順番に見ていきますと、データの活用は、まずターゲットとなるバイオロジー*3を見つけることから始まります。それに作用する薬剤を探索するために、低分子化合物、抗体などのモダリティのデータ解析が続きます。薬剤の治療効果や有害事象を調べる臨床試験においても、参加いただく被験者の膨大なデータが活用されます」

 

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「新薬承認を取得し、実際の患者さんの治療に使われるようになってからも、治験中に確認できなかった副作用が発生していないかどうか、市販後調査を実施してデータを解析します。近年は、いわゆるリアルワールドデータから得られる、薬剤の処方・処置、診断や治療などのデータを対象にした疫学的な解析も盛んで、さらにはそのデータを活用してアンメットメディカルニーズのある疾患を見いだし、その要因を研究して新たな創薬ターゲットを見いだす取り組みも盛んに行われています」

「私自身、もともとはコンピュータサイエンスを学んでいました。コンピュータを使って何かを解析したいと思い、最も複雑なシステムと考えられる生命を対象にする計算生物化学や分子進化学を学びました。特に、分子進化学の分野では国際的な協力によって構築された遺伝子配列データベースを用いて、進化のメカニズムを研究していました。1990年代後半の全ヒトゲノム配列解読研究が米国を中心に世界中で盛んに行われていた時代であり、ライフサイエンス分野でデータサイエンスの重要性が広く認識され始めたころです。この時期に多くの製薬企業が情報産業化の動きを強めたように思います」

角山がアステラスの前身の山之内製薬*4に入社したのは1999年。その頃より、数千から数万種類の遺伝子の発現量を短時間で網羅的に測定できるマイクロアレイ技術を用いて遺伝子の発現状態と疾患の関係を解析する研究や、解読された全ヒトゲノム配列情報を基に新規の創薬ターゲットを探索する研究、いわゆるゲノム創薬研究にまい進します。角山は「ゲノム創薬はデータ活用の一例ですが、データ解析の能力を向上させて、データ活用によって新たな治療法を見いだせるように努力を続けた製薬企業の方が、より強い競争力を獲得・維持してきました」と振り返ります。

*1創薬シーズ:ある病気の治療に有効と考えられる新薬の種のこと。
*2アドバンストインフォマティクス&アナリティクス(AIA):AIAの設置目的と、データ、インフォマティクス、アナリティクスを活用した取り組み事例は、「デジタルトランスフォーメーション(DX)」ページをご確認ください。
*3バイオロジー:免疫科学やミトコンドリアの異常など疾患の原因となる仕組み。
*4山之内製薬:アステラス製薬は、2005年に山之内製薬と藤沢薬品工業が合併し誕生しました。

 

製薬業界が直面する課題の解決に向けたデータサイエンスの活用

アステラスをはじめ製薬業界ではデータを活用する動きが加速しています。もはや製薬業界は情報産業の一つといっても過言でないほどの規模とスピードでデジタル化を進めています。こうした動きは製薬業界が大きな課題に直面していることと無関係ではありません。

近年は治療対象となる疾患や、その治療手段は多様化、細分化しつつあり、さらには個人の遺伝子情報などを含む詳細なデータを基に最適な治療を選択する、精密医療が必要とされています。結果、必然的にデータを今まで以上に活用していくという動きが起こります。

製薬企業に求められていることは、より速く、有用性と信頼性の高い新薬を患者さんへ届けることに尽きます。このためにアステラスはデータの積極的な活用に取り組んでおり、データの分析技術と人間の能力を融合させることで新たな価値を見いだそうとしています。

 

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「アイザック・ニュートンが書簡に記述したとして知られる『私がかなた(彼方)を見渡せたのだとしたら、それは巨人の肩の上に乗っていたからです』という言葉があります。これは先人の積み重ねた発見に基づいて何かを発見する例えですが、その意味ではデータやAIという巨人の肩に乗って、データサイエンスを活かしたサイエンスやビジネスを推進するのが私たちの使命と感じる」と角山は説明します。

「例えばAIに多くの選択肢を提示してもらい、それによって人間の創造力が刺激されて新たな可能性が導き出され、より正しい方向に向かっていく、いわばAIと人間のコラボレーションによって高度なサイエンスやビジネスを推進していきたいと考えています。これは新薬の開発だけではなく、会社全体の生産性向上や、ひいては患者さんの価値につながるはずです」

2019年にAIAを発足させデジタルトランスフォーメーション(DX)を本格化

アステラスがデータの有効活用に本格的に取り組み始めたのは2015年頃のことです。日本の研究本部では、さまざまなライフサイエンス分野のデータから新薬候補を探索することに関心の高いメンバーが集まり、当時注目が集まっていた医療ビッグデータを創薬に活かす組織横断的なビッグデータイニシアティブ活動を開始。米国、欧州では、実社会のヘルスケアに関するリアルワールドデータを有効活用するリアルワールドインフォマティクス(Real World Informatics)部門が発足しました。

「アステラスのDXの推進母体の一つが、2019年に発足したAIAです。日本のビッグデータイニシアティブ活動、米国・欧州のリアルワールドインフォマティクス部門が発展的に統合されて一つの組織になった」と角山は説明を続けます。
 

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「AIAの私のグループでは、ヒトゲノム配列を始めとするオミックスデータ*5などの分子生物学データ、文献などのテキストデータ、モダリティ/テクノロジー、バイオロジー、疾患に関するデータ、業界動向、疾患・医療経済・治験情報など、多くの社内外のデータを収集しています。データサイエンス、機械学習、AIなどの情報処理技術を駆使して、それらのデータを分析し、得られた知識に基づき、仮説の検証や実験、モダリティ/テクノロジーの探索などを行います。その結果から新たなアイデアを得たら、必要なデータを追加して更に分析します。このようなプロセスを繰り返すことで、より高度なサイエンスを目指します」

*5オミックスデータ:生体内分子を包括的に解析、研究したデータのこと。例えば、全ての遺伝子を対象にしたゲノミクス(genomics = gene + omics)データ、全てのタンパク質を対象にしたプロテオミクス(proteomics = protein + omics)データなど。

 

ヒトゲノミクスデータを基にした創薬と精密医療への取り組み

かつてヒトゲノム配列の解読には莫大な予算が必要とされていましたが、コストが大幅に下がったことから製薬企業はヒトゲノム配列データ取得への投資に積極的に取り組んでいます。リアルワールドデータにヒトゲノミクスデータが統合されることで、より大きな価値の創出につながっていきます。

「製薬企業がヒトゲノム配列データの取得に積極的に投資をしているのは、遺伝学的裏付けのある創薬ターゲットの選択が、臨床開発の成功確率向上につながるからです。アステラスも多種多様な分子生物学データを活用しているほか、英国国営のGenomics England社をはじめ、最先端のヒト遺伝学研究を推進している国内外の医療機関や研究機関との協業を通じて、単一遺伝病の原因遺伝子同定を推進しています。また各国のバイオバンクとの連携を基に、いわゆる『ありふれた疾患*6』の原因の研究も進めています。これらの知見を統合し、これまでに私たちが培った創薬に関するノウハウを応用することで、新たな創薬標的やバイオマーカーの発見をはじめ、多くの患者さんに対して新たな治療方法を提供することができます」と角山は続けます。

*6ありふれた疾患:高血圧、高脂血症など有病率が高い疾患のこと。

 

 

膨大な情報から重要な知識を効率的に抽出

 

「医学/ライフサイエンス文献データや、特許データ、研究資金データなどの多くのテキストデータを分析するテキストマイニングにも取り組んでいます。タンパク質名や疾患名、バイオロジーの用語など注目すべき単語をまずは特定しますが、別称・略称が数多く存在する(表記のゆらぎがある)ことから、150万用語からなる辞書を独自に作成しています。単語の特定には、論文1報のアブストラクト(要旨)において、辞書に登録されている用語を0.005秒ですべて特定できるアルゴリズムを開発しています。他の多くの技術も用いてテキスト情報から重要な知識を抽出しています」

「医学/ライフサイエンス分野の巨大なテキストデータから競合他社や関連企業の動向も分析でき、この技術によって自社の研究能力の優位性を高めたい」と角山は語ります。

その他、電子カルテ、保険償還請求のデータなどのリアルワールドデータから有用な知識の抽出を試みています。これによって「健康-未病-発症-治療-予後」の治療フローを把握して、疾患・治療に対する理解を深め、アンメットメディカルニーズを見いだし、精密医療を可能にする最適な治療方法を提供できる仕組みを作り出すことにも取り組んでいます。

 

AIとロボットを駆使した医薬品候補物質探索の取り組み

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AIAでは研究本部と共に、AI駆動型の医薬品候補物質探索を進めています。AIとロボット技術を融合させた自動化システムを構築することにより、高い薬理活性を有するモダリティの迅速な探索を可能にし、研究期間の短縮を目指します。まずは低分子化合物探索を対象に、AIによる化合物特性予測を基に分子設計を行い、AIとロボットによる自動合成、自動化した生物学的試験を経て、そのデータを基にAIによる化合物特性予測を強化するというプロセスを繰り返すことによって、より質の高い候補物質を効率よく見つけ出すサイクルの構築を始めました。

角山は「アステラスが有する約65万件のデータから学習したAIが物性や薬物動態の特性、毒性を予測し、さらに約2000万件ある化合物構造変換データに基づいて薬効が期待される候補化合物の構造をAIがデザインするシステムを開発しています。デザインされた化合物を実際に合成する装置も導入し、全てを円滑に繋ぐサイクルを構築しています。薬理作用を調べる自動アッセイ装置*7も稼働しています」と進捗状況を語っています。

「複数の研究テーマで用いたところ、早速、探索期間短縮の成果が出始めました。デザインの一部のプロセスでは、従来に比べ最大で9割の時間を削減できました。また、AI活性予測モデルを用いて短期にデザインした化合物を半自動化したハイスループット合成システムで合成し、そのアッセイ結果をAIに再学習させるという作業を繰り返すことにより、高い活性を有する化合物をより早く特定できるようにまでなりました」と角山は成果を語ります。AIの予測を基に人間の判断を組み合わせて研究を先取りして進めることで研究期間を短縮できることを実証できました。

自動化されたシステムは遠隔操作が可能です。遠隔操作での化合物合成やアッセイを可能にすることで、コロナ禍においても創薬研究を遅滞なく進められることを期待するのはもちろん、アステラスでは働き方改革の一環としてこれからの社会に必要な技術として開発を進めていく考えです。

*7自動アッセイ装置:アッセイ(生物学的試験)をロボットで自動化した装置。

 

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パートナーとの連携により、価値の最大化を目指す

角山は「こうした活動はアステラスだけで取り組むのではなく、さまざまなパートナーとの連携や協業によりさらに広がり、加速化できる」とし、「さまざまなパートナーと共に、より創造的な仕事をしていきたい」と語ります。

「データ駆動型創薬を進めていくにあたり、オリジナリティーの高いデータを有するパートナー、あるいは、独創性のあるデータ分析技術を有するパートナーと仕事を一緒にしていきたいと考えています。また、アステラスもパートナーに選んでいだだけるよう、さらに進歩していかなければなりません」

「製薬企業の研究開発業務では息の長い取り組みが求められます。極端なことをいえば10年ぐらい時間をかけて仕事をすることも珍しくありません。最終ゴールにたどりつくには時間がかかります。私自身、世界の人々の健康に貢献したいという気持ちがあるから、根気よく研究を続けられているのだと思います。同じ目標を持って、最終ゴールに向けて努力を続けられるパートナーを求めています」

「これからはAIやロボティクスの存在が当たり前の時代になります。AIやロボットにできることは、どんどん任せていけば良いと思います。空いた時間を使って人間はよりクリエイティブなことに取り組むべきです。データ駆動型の新しい時代において、世界の人々の健康に貢献する創造的な仕事に私たちと一緒に取り組んでいきましょう」

 


 

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