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イノベーション × ヒト

【対談】イノベーションを創出する力とは

棋⼠ ⽻⽣善治⽒
上席執⾏役員 研究本部⻑ 内⽥渡⽒

息を呑むような一手から、局面の流れが大きく変わり、勝負が決する将棋の世界。その一手には、流れの先を読む力、新たな戦術を創造する力、最適のタイミングで決断する力が込められている。同様な力はビジネスの世界でもイノベーションを生み出すために必要不可欠。世界にまだないくすりを届けるために、新薬の研究開発に特化するアステラス製薬の内田渡研究本部長と、棋士・羽生善治氏が革新を生む力について語り合った。

新薬研究における大局観とは

内田: 先を読む力は将棋でも新薬の研究でも必要不可欠な力です。将棋では「大局観」から局面の展開を読まれていますね。

羽生: 大局観については「“木を見て森を見ず”の逆です」という説明をよくします。鳥瞰することで大雑把に概要をつかむ、そしてその先の戦略や方向性を決めるのが将棋における大局観です。直感的に思い浮かぶ勘のいい人もいますが、それは大局観ではなく、才能(笑)。一生懸命勉強し、感覚を磨き上げ、経験を積み重ねることで初めて得られるのが大局観ではないでしょうか。

内田: 私たちは、大きく2つの大局観を意識しながら創薬研究を進めています。1つは、社会環境の変化や医療ニーズの変化といった様々な変化を近視眼的に追いかけるのではなく、変化の先を正しく予測する大局観。もう1つは、創薬研究の源となる病態(疾病時の生体の状態および変化のメカニズム)を解明して、そこから薬を作るという生命に対する大局観です。

羽生: 創薬の世界では着手から製品化まで9~17年以上の長い道のりが必要と聞いています。新しい知識や技術が次々と生まれ1年先の未来を想像するのも難しい現代で、将来のニーズを予測し、革新的な新薬を創造するには大変な苦労があると思います。
将棋の世界でも、情報量が飛躍的に増え、しかも最新の知見を皆が瞬時に共有できるようになりました。その結果、例えば自分が何か新しいアイデアを考えついたと思っても、他の誰かもほぼ同時に考え付いていると思って間違いない状況です。あとは巡り合わせの問題で、自分がその手を使える局面になるかどうか。創薬の世界でもそういうことはありますか。

内田: 創薬研究でも、良いアイデアはやはり同じように他社も思いついています。革新的なアイデアといえども、そのヒントとなる情報ソースはどこも同じ場合が多いので、「自分だけだろう」と信じて研究していても、数年後に学会や特許申請をみて「既に皆もやっていた」とわかることが多々あります。そのため差別化には、これまでにない新たな理論を生み出す「創造力」が必要になります。

広い視野で生み出す創造力

内田: 私たちは、大局観を意識しながら常に先を読み、イノベーションの創出に日々挑戦し続けています。将棋の世界でも解説者がうなるような革新的な一手を打たれるときがありますが、それは戦略の中から生まれてくるものなのでしょうか。

羽生: 将棋界では若い人が日常的に練習している中で非常に優れたアイデアが出てくることがあります。私も棋譜という将棋のデータを研究するときに、八段とか九段とか高位の人のものばかりではなく、段位は低くともこれから活躍しそうな人の棋譜を調べることがよくあります。ただ難しいところがあって、アイデアが良くても実用化できるかどうかはまた別です。良いアイデアが、一つの戦法になることはめったにありません。革新的なアイデアを実戦で本当に使える戦法にするには、もうワンステップ上の努力が必要です。だから、そこはいつも先入観を持たずに見るようにしています。アステラスではどうですか。

内田: 私たちにとって一番大事なことは実証です。面白いアイデアも、それをどうやって具体化するか、或いはどういう実験で検証するか、といったプロセスがなければ単なる思い付きです。自分のアイデアを化学や薬理、安全性など様々な研究者と議論して仮説に基づく検証を積み重ね、10年経って実証できたときに初めて「良いアイデアだった」ということになります。将棋の世界も以前とは異なり、グループでの研究が進んでいると聞いています。

羽生: 将棋の研究は勉強会のように大勢で取り組んだ方が早く進むのですが、そうすると皆がその手法を知ってしまうというジレンマがあります(笑)。また、同じ情報やデータをもとに勉強を進めると、考えることがどうしても画一的になってしまうことがあるので、そこにいかに自分なりの個性を残すかが課題ですね。

内田: 私たちにも同じような課題があります。「アイデアは交差点から生まれる」という言葉がありますが、だったら、イノベーションにつながるアイデアを生み出すための交差点を戦略的に作ってみようと。社内の部門や地域、年代などいろいろなものを超えて議論することはもちろん、社外のさまざまな最先端の科学や技術、新しいソリューション、異分野での成果などとの交差点も積極的に作ることでイノベーションを生み出すための取り組みを進めています。

リスクとる決断が未来を拓く

羽生: 組織ではアイデアを生み出す人も大事ですが、それを認めてあげることも非常に大事ですよね。ただそのアイデアに将来性があるのか、ないのか、見極めるのは難しいのではないでしょうか。
将棋でもリスクを取るときに時系列の感覚のようなものがあります。例えば、今流行の作戦を自分も取り入れるべきかどうか考えるときです。10年後には主流になるかも知 れないが、すぐに消えるかも知れない。まだ全体の2割、3割しか見えない中で選択しなければならない分岐点が多くあります。アステラスでは、どのように決断を進めているのですか。

内田: まずアステラスでは「変化する医療の最先端に立ち、科学の進歩を患者さんの価値に変える」というビジョンが共有されています。この方向性のなかで、私たちは研究開発の生産性やイノベーションの創出力を高めるため改革を続けてきました。具体的には、前例主義や自前主義に拘らないネットワーク型研究体制下で、世界最先端の科学に基づき、社内外を問わず優秀な人材・研究者を登用し、最適な環境での研究活動を機動的に展開しています。
ただ、新しいアイデアの採択や、新たな分野への挑戦の成否はその時点ではわかりません。今やらないことで生じる将来のリスクと、リスクをとって将来を開く可能性を天秤にかけ、私たちは新たな挑戦を決断しました。経営トップも、成長していくために取らなければならない健全なリスクとして背中を押してくれ、分岐点から一歩を踏み出す行動を支えてくれました。
昨年、既存研究重点領域に、眼科領域と筋疾患領域の2つを加えられたことなども、改革による成果の一つです。これらの経験を通じて、次はこんなことにも挑戦できるのではないかといった発展的な方向へ、研究者、組織が変わりつつあります。

羽生: 最近、経験ということについてよく考えます。将棋の世界では若い人が思いがけない強さを発揮することが多いのですが、なぜか。もちろん才能はあるのですが、良いとこ取りをできるかどうかが大きいと思います。
これだけ情報があふれている中で、「これは時代遅れ」とか「これはやっても意味がない」というような割り切りをドラスティックにできるかどうか。経験があると思い入れというものをなかなか捨てがたい。例えば1時間長考して指さないというのは結構未練が残るものなのです。そして経験があるほど迷うことも増えます。「この手もあるし、あの手もある」と。そういうものをきれいさっぱり割り切ってできるかどうか。しかし時には、全然ダメだと思っているのをがんばって、がんばって、最後は根性でという、地を這うような努力というものも、この世界で長く続けていくときには非常に大事な要素でもあるので、その辺りの見極めが難しいところだと思っています。

内田: 創薬研究でも、成功するまで諦めない粘り強さは非常に大切です。その一方で、経験がありすぎるとよくない場合もあります。一般的に、3万個の化合物の研究から1個の製品が生まれるといわれますから、ベテランは「こうやるとうまくいかない」というような経験を積んでいくわけです。そうした経験の中で、「これはよくないんじゃないか」と潰していくことで道がかなり狭められてくる。
一方、若手はそういった経験知がない。ゴールに向かって必要な情報で勝負してくるんですね。新しいものをやりましょう、イノベーションで今までにない薬をというときに、経験知がありすぎると邪魔することがあるようです。情報が少ない中で、それに合った情報を持って突き進む方がもしかしたら早道かもしれません。でも、最終的にどうすれば成功するかというそのリスクはわかりません。
常に先を読み、変化の先に立とうすることで変化を楽しみ、自ら変わり続けていこうとするマインド。これこそがアステラスの強みといえます。このようなマインドセットのもと、世界にまだない薬のために、革新的な次の一手を打ち続けていきたいと思っています。

羽生: 将棋の世界では、長い歴史の中で積み重ねられたルールや経験則から踏み出すのは大変な勇気が要ることです。しかし、可能性を広げるためにリスクが高いと思われることを敢えてやって行くことも大事なのではないかと思っています。御社の勇気ある挑戦から次々とイノベーションが生まれることを期待します。

掲載日 : 2016年2月27日
掲載紙 : 日本経済新聞

棋士
羽生善治

1970年生まれ。 85年、史上3人目の中学生棋士としてデビュー。
96年、史上初めて全7冠を独占。十九世名人、永世王位、名誉王座、永世棋王、永世王将、永世棋聖の資格を保持する。
タイトル獲得数は歴代1位の計94期。

アステラス製薬上席執行役員 研究本部長
内田渡

1958年生まれ。
東北大学大学院薬学研究科博士前期課程修了後、山之内製薬に入社。薬学博士。
Oxford 大学留学や開発本部臨床薬理部長、研究本部薬理研究所長などを経て、2014年に研究本部長、2015年から現職。

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